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大阪地方裁判所 昭和55年(ワ)4529号 判決 1983年5月16日

原告 信用組合 弘容

右代表者代表理事 松坂町一

右訴訟代理人弁護士 宅島康二

被告 辻井範子

被告 辻井巖

右両名訴訟代理人弁護士 下垣邦彦

主文

一、原告の被告辻井範子に対する請求及び同辻井巖に対する主位的請求を棄却する。

二、被告辻井巖は、原告に対し、金五四二二万〇〇二五円及びこれに対する昭和五一年四月一日から支払済みまで年二五・五五パーセントの割合による金員を支払え。

三、原告の被告辻井巖に対するその余の予備的請求を棄却する。

四、訴訟費用は、原告と被告辻井範子との間においては原告の負担とし、原告と被告辻井巖との間においては、原告に生じた費用の一六分の五を同被告の、同被告に生じた費用の八分の五を原告の各負担とし、その余を各自の負担とする。

五、この判決は、第二項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一、当事者の求めた裁判

一、請求の趣旨

1.被告らは、原告に対し、各自金八三〇〇万円及びこれに対する昭和五一年四月一日から支払済みまで年二五・五五パーセントの割合による金員を支払え。

2.訴訟費用は被告らの負担とする。

3.仮執行宣言。

二、請求の趣旨に対する答弁

(被告辻井巖)

1.原告の請求をいずれも棄却する。

2.訴訟費用は原告の負担とする。

(被告辻井範子)

1.原告の請求を棄却する。

2.訴訟費用は原告の負担とする。

第二、当事者の主張

一、請求原因

(被告辻井範子に対する請求原因及び同辻井巖に対する主位的請求原因)

1.原告は、昭和四九年四月五日、被告辻井範子(以下「被告範子」という)との間で、手形貸付・手形割引・証書貸付等についての信用金庫取引契約を締結し、同被告は、右契約に基づく債務を履行しない場合には年二五・五五パーセントの割合による遅延損害金を原告に支払う旨約した。

2.被告辻井巖(以下「被告巖」という)は、右同日、原告との間で、被告範子が前記契約に基づき負担する債務につき、保証人として被告範子と連帯してその債務を負担する旨の契約を締結した。

3.(一) 原告は、被告範子に対し、右同日、前記契約に基づき、弁済期同年五月三一日、利息年一割二分の約で、金一億円を貸付けることを約した。

(二) 原告は、被告範子に対し、後記予備的請求原因2(二)の(1)ないし(5)に記載の方法により右金一億円を交付した。

4.よって、原告は、被告両名に対し、連帯して、右貸付金から既に支払を受けた元本内金一七〇〇万円及び昭和五一年三月三一日までの利息・損害金を控除した残元本八三〇〇万円及びこれに対する弁済期の経過した後である昭和五一年四月一日から支払済みまで年二五・五五パーセントの割合による遅延損害金を支払うことを求める。

(被告巖に対する予備的請求原因)

1.原告は、昭和四九年四月五日、被告巖との間で(但し、債務者の名義は同被告の実娘である被告範子にして)、手形貸付・手形割引・証書貸付等についての信用金庫取引契約を締結し、被告巖は、右契約に基づく債務を履行しない場合には年二五・五五パーセントの割合による遅延損害金を原告に支払う旨約した。

2.(一) 原告は、被告巖に対し(但し、債務者の名義は被告範子にして)、右同日、弁済期同年五月三一日、利息年一割二分の約で、金一億円を貸付けることを約した(以下「本件貸付」という)。

(二) 原告は、右契約に基づき、左記の方法により、右金一億円を借主に交付した。

(1) 昭和四九年四月五日、金一〇〇〇万円を、現金で借主に交付した。

(2) 同日、金三〇〇〇円を借主が負担すべき印紙代の立替金に充当した。

(3) 同日、金一〇〇万円を、借主の原告に対する出資金の支払に充当した。

(4) 同日、金一八七万三九七三円を、昭和四九年四月五日から同年五月三一日までの前記貸付金の利息の支払に充当した。

(5) 同日、金五〇〇〇万円を被告範子名義の自己宛口別段預金に、金三七一二万三〇二七円は被告範子名義の貸付口別段預金に、それぞれ振替入金した。そして右別段預金合計金八七一二万三〇二七円は、左記のとおり出金された。

(ア)同月一〇日、被告巖に金二〇〇〇万円が出金された(以下「(ア)の出金」という)。

(イ)同月二二日、被告巖に金二五〇万円が出金された(以下「(イ)の出金」という)。

(ウ)同年五月四日、借主から前記貸付金の受領権限を与えられていた藤田政雄(以下「藤田」という)に金一五〇万円が出金された(以下「(ウ)の出金」という。)

(エ)同月七日、金六〇〇万円が現金で、金七〇〇万円が原告の自己宛小切手で、それぞれ借主に出金された(以下「(エ)の出金」という)。

(オ)同月一三日 金二〇〇〇万円が、借主が買い受けた北海道の土地の抵当権設定等登記を抹消するための資金の名目で出金された(以下「(オ)の出金」という)

(カ)同月二〇日、藤田に金二〇〇万円が出金された(以下「(カ)の出金」という)

(キ)同月二一日、藤田に金一二〇万円が出金された(以下「(キ)の出金」という)

(ク)同月二七日、金六八〇万円が現金で、金二〇〇〇万円が原告の自己宛小切手で、それぞれ藤田に出金された(以下「(ク)の出金」という)。

3.よって、原告は、被告巖に対し、前記貸付金から既に支払を受けた元本内金一七〇〇万円及び昭和五一年三月三一日までの利息・損害金を控除した、残元本八三〇〇万円及びこれに対する弁済期の経過した後である昭和五一年四月一日から支払済みまで年二五・五五パーセントの割合による遅延損害金の支払を求める。

二、請求原因に対する認否

(被告巖)

主位的・予備的請求原因事実は全て否認する。

(被告範子)

請求原因事実は全て否認する。

第三、証拠<省略>

理由

第一、被告範子に対する請求、同巖に対する主位的請求について

右請求原因1の事実について判断する。

まず、甲第一、第二号証の成立について判断するに、甲第一号証(取引約定書)の債務者本人欄及び同第二号証(約束手形)の振出人欄には、いずれも被告範子の氏名が記載され、その右横に「辻井範子」と刻した印章による印影が顕出されているが、右署名捺印が同被告の意思に基づいてされたことを認めるに足りる証拠はない。かえって、被告巖本人尋問の結果(第一、二回)によれば、甲第一号証の被告巖の氏名が同被告の自署によるものであることを認めることができ、これと甲第一、第二号証の前記被告範子の氏名とを対照すると、その筆跡は同一であると認められ、右事実は証人吉田多良の証言を総合すると、右各被告範子の氏名は被告巖が記載したものであると認められ、被告巖の供述中右認定に反する部分はたやすく信用することができず、他に右認定を覆すに足りる証拠がない。右認定事実に、証人吉田多良の証言、被告ら本人尋問の結果を総合すると、被告巖が代表取締役をしていた株式会社誠は、かねて原告が吸収合併した北攝信用組合に対し金一四、五億に達する借用金債務を負担し、昭和四八年頃事実上倒産したため、もはや同会社はもちろん被告巖名義によっても原告から融資を受けることができなかったこと、しかし、被告巖は、昭和四九年頃原告に対して、札幌市にある土地を買って他に転売すれば相当の転売利益が見込めるから、これから前記会社の債務を弁済することができると持ちかけ、右土地購入資金二億五〇〇〇万円の融資を申し入れ、原告はこれに応ずることにし、同年四月五日頃同被告に対してとりあえず金一億円の手形貸付を約したこと、しかし、同被告は、前述のとおり自己の名義では原告から貸付を受けることができなかったので、原告も了解のうえで、同被告の子である被告範子の名義を用いて右貸付を受けることとし、同被告に無断で、原告との間の信用金庫取引約定書(甲第一号証)の債務者本人欄及び金額一億円の約束手形(甲第二号証)の振出人欄に、それぞれ被告範子の氏名を記載し、その各右横に辻井範子と刻した印章を押し、前記貸付を受けるため右約定書及び約束手形を原告に差し入れたことを認めることができ、被告巖の供述中右認定に反する部分は採用することができず、他に右認定を覆すに足りる証拠がない。

したがって、甲第一、第二号証は、原告が被告範子との間で前記請求原因1の貸付の合意をしたことの証拠とすることはできず、他に右事実を認めるに足りる証拠がない。

よって、その余の点につき判断するまでもなく、被告範子に対する請求、同巖に対する主位的請求は理由がない。

第二、被告巖に対する予備的請求について

一、被告巖本人尋問の結果によって同被告作成部分の成立が認められ、被告範子作成部分の成立については前記認定のとおりである同第一号証、前記同第二号証、証人竹中二三夫、同吉田多良及び同藤田正雄の各証言、被告ら各本人尋問の結果に弁論の全趣旨を総合すると、右請求原因1及び二の(一)の事実を認めることができ、右認定に反する被告辻井巖の供述はたやすく信用することができず、他に右認定を覆すに足りる証拠がない。

二、ところで、金銭消費貸借契約が効力を生ずるためには、当事者間にその旨の合意が成立するだけでは足りず、貸主から借主に対し現金の交付又はこれと同一の経済上の利益の授与(以下単に「利益の授与」という)が行なわれることを要するから、次に、原告と被告巖との間において、前記認定のとおり原告が貸付を約した金一億円(以下「本件貸付金」という)につき現金の交付又は利益の授与が行なわれたか否かについて判断する。

1.被告巖の氏名については被告巖本人尋問(第一回)の結果によってこれが同人の自署であることを認めることができるから真正に成立したものと推定すべき甲第四号証の二、証人竹中二三夫及び同後藤純一の各証言により成立の認められる甲第四号証の一、四、証人竹中二三夫の証言及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実を認めることができる。

(一)原告は、被告巖に対し、昭和四九年四月五日、本件貸付金中金一〇〇〇万円を現金で交付したこと、

(二)原告は、本件貸付に際し被告巖が負担すべき印紙代金三〇〇〇円を立替払したので、原告は、被告巖の同意のもとに、右同日、本件貸付金中金三〇〇〇円を右立替金の支払に充てたこと、

(三)原告から金員を借受けるためには原告に出資してその組合員となることが必要であったので、原告は、被告巖の同意のもとに、右同日、本件貸付金中金一〇〇万円を被告巖の右出資金の支払に充てたこと

以上の事実を認めることができ、右認定に反する被告辻井巖の供述はたやすく信用することができず、他に右認定を覆すに足りる証拠がない。

2.証人竹中二三夫及び同後藤純一の各証言により成立の認められる甲第四号証の五、六並びに証人竹中二三夫の証言によれば、原告は、前同日、本件貸付金中金五〇〇〇万円を被告範子名義の自己宛口別段預金口座に振替入金し、同じく金三七一二万三〇二七円を同被告名義の貸付口別段預金口座に振替入金したことが認められる。

しかしながら、いわゆる別段預金とは、預金・為替・貸付・証券・保管・代理業務等諸種の金融機関業務に随伴して生ずる保管金等で、本来の預金種目で取扱うことが適当でないものを金融機関が便宜上処理しておく特殊の預金種目であって、それ自体種々雑多な法律上の性質を具有しているものであるから、特段の事情のない限り、金融機関が右預金口座に振替入金を行ったからといって、その口座名義人が、ただちに金融機関に対して払戻を請求する権利を取得するものとはいうことができず、したがってまた、金融機関が貸付金を借受人の別段預金口座に振替入金する処理を行ったことのみをもって、借受人に対し貸付金を交付したものとも利益を授与したものとも解することができない。

本件においても、前記自己宛口別段預金は、証人後藤純一の証言によると、原告が自己宛小切手を発行する際に右小切手金額相当の支払資金を保留しておくために設けられたものであることを認めることができ、少なくとも原告が本件貸付金を右預金口座に入金しても被告巖に対し自己宛小切手を発行・交付するまでは、利益の授与が行なわれたものとは認められないと解され、被告巖が原告の自己宛小切手を受領した事実については、これを認めるに足りる証拠がない。

また、前記貸付口別段預金に関しては、これが預金者の自由に払戻しを受けうる預金であることについて何等主張立証がないから、たとえ右預金に「貸付口」の名称が付されていたとしても、右預金口座への振替入金により当然に原告から被告巖に対し利益の授与が行なわれたものとは認められず、原告が被告巖に対して右預金口座から出金をしたときにはじめて本件貸付契約はその要物性を満たされるに至るものと解するほかない。

3.そこで、次に、原告が被告巖に対して右貸付口別段預金口座より現実の出金を行なったか否かについて検討する。

(一)  (ア)の出金について判断するに、証人後藤純一の証言により成立の認められる甲第四号証の七、及び被告巖の署名・捺印の成立に争いがないので真正に成立したものと推定すべき甲第四号証の八、九によれば、被告巖は昭和四九年四月一〇日に本件貸付金中金二〇〇〇万円を現金で原告より受領したことを認めることができ、右認定に反する被告巖の供述はたやすく、信用することができず、他に右認定を覆すに足りる証拠がない。

(二)  (イ)の出金について判断するに、前掲甲第四号証の七、証人後藤純一の証言により成立の認められる甲第四号証の一一、及び被告巖の署名・捺印について同被告本人尋問(第二回)の結果によってこれが同人の自署及び同人の意思に基づいて顕出された同人の印章による印影であることを認めることができるから、真正に成立したものと推定すべき甲第四号証の一二によれば、被告巖は昭和四九年四月二二日に本件貸付金中金二五〇万円を現金で原告より受領したことを認めることができ、右認定に反する被告巖の供述はたやすく信用することができず、他に右認定を覆すに足りる証拠がない。

(三)  (オ)の出金について判断するに、前掲甲第四号証の五、成立に争いのない甲第五、第一〇号証、証人後藤純一の証言により成立の認められる甲第四号証の二二ないし二四、第六号証の一、証人吉田多良、同後藤純一、同藤田政雄の各証言、及び被告巖本人尋問(第一、二回)の結果(但し後記措信し難い部分を除く)に弁論の全趣旨を総合すれば、以下の事実が認められる。

(1) 被告巖は、前記認定のとおり原告から札幌の土地(以下「本件土地」という)の購入資金の融通を受けることができる旨の約束をとりつけたので昭和四九年三月一〇日右土地の所有者である第一物産株式会社から代金二億五〇〇〇万円の約で本件土地を買い受け、被告範子名義に右所有権移転登記を経由した。

(2) ところで、原告の被告巖に対する前記融資は、これを担保するために本件土地に原告を権利者とする譲渡担保を設定することが条件となっていたところ、当時、本件土地には、第三者のために抵当権設定登記及び処分禁止の仮処分登記が経由されていたので、原告は、被告巖に対し右各登記を抹消することを要求した。

(3) そこで、被告巖は、右第三者との間で右各登記抹消の交渉を行なったところ、和解金一八〇〇万円を右第三者に支払うことで右抹消に応じてもらえる旨の話合が成立したので、原告は、昭和四九年五月一三日、右和解金の支払にあてるため前記被告範子名義の貸付口別段預金口座から金二〇〇〇万円を出金し、これを大和銀行布施支店から同行札幌支店にある原告管理部次長風藤貞雄名義の預金口座に送金し、右金員の払戻しを受けた同人は、被告巖の依頼をうけ右金員の内金一八〇〇万円を同被告に代わって右第三者に支払い、右各登記を抹消する手続を行なうとともに、残金二〇〇万円を同被告に交付した。

以上の事実を認めることができ、右認定に反する被告巖の供述はたやすく信用することができず、他に右認定を覆すに足りる証拠がない。

右事実によれば、被告巖は、昭和四九年五月一三日、原告から本件貸付金中金二〇〇〇万円の交付または利益の授与を受けたものというべきである。

(四)  次に、(ウ)(カ)(キ)(ク)の各出金について判断するに、前掲甲第六号証の一、証人後藤純一の証言により成立の認められる甲第四号証の一四、二六、二九、三二、三四ないし三六、第六号証の二、藤田政雄の署名について証人藤田政雄の証言によってこれが同人の自署によるものであることを認めることができるから真正に成立したものと推定すべき甲第四号証の三三、及び藤田政雄名下の各印影についていずれも同証人の証言によってこれが同人の印章によるものであることを認めることができるので、右各印影は同人の意思に基づいて顕出されたものと推定されるから、いずれも真正に成立したものと推定すべき甲第四号証の一五、二七、三〇によれば、原告は、前記請求原因2(二)(5)(ウ)、(カ)、(キ)、(ク)のとおり前記貸付口別段預金口座から出金し、これを藤田に交付したことを認めることができ、右認定に反する証人藤田政雄の供述は信用することができず、他に右認定を覆すに足りる証拠がない。

ところで、原告は、藤田は被告巖から本件貸付金を原告より受領する権限を与えられていた旨を主張するので、すすんで藤田の右権限の存否について判断するに、証人藤田政雄、同後藤純一は右主張に沿う供述をしている。

そして、証人藤田政雄、同吉田多良の各証言によれば、藤田は、本件貸付当時、当時の原告の代表理事白石森松と親しく、原告の債権管理の相談にのっていた者であり、原告の被告巖に対する本件貸付も藤田の尽力によるところが大きかったことが窺われるが、弁論の全趣旨によれば、藤田が原告より本件貸付金の一部を受領するにあたり、その受領権限を証する書面を原告に提出したことはなかったことを認めることができ、また、被告巖が本件貸付金につきその一部分は自ら受領しながら、何故に前記(ニ)、(カ)、(キ)、(ク)の出金に限ってその受領を藤田に委任したのかについて、証人藤田政雄の供述によってもその合理的理由が明らかではなく、他にもこれを認めるに足りる証拠がなく、また、藤田が前記のとおり原告より受領した本件貸付金を被告巖に交付した旨の同証人の供述も被告巖本人尋問(第一、二回)の結果に照らしてたやすく信用することができない。以上のような検討に被告巖本人尋問(第一、二回)の結果に照らすと、前記原告の主張に沿う各供述はたやすく信用することができないといわなければならず、他に右主張を認めるに足りる証拠がない。

したがって、(ウ)(カ)(キ)(ク)の各出金は、いずれも被告に対する本件貸付金の交付として有効であるとは認めることができない。

(五)  最後に(エ)の出金について判断するに、前掲甲第六号証の二、及び、証人後藤純一の証言によりいずれも成立の認められる甲第四号証の一七、一八、二〇、二一によれば、昭和四九年五月七日、本件貸付金中金六〇〇万円が現金で出金され、また金七〇〇万円が被告巖の自己宛口別段預金口座に振替えられたのち、原告の自己宛小切手で同口座から出金されたことを認めることができるが、右現金の小切手を被告巖または正当の受領権限を有する者に交付されたことについては、いずれもこれを認めるに足りる証拠がない。

もっとも、前掲甲第四号証の二一によれば、右金七〇〇万円の自己宛小切手の裏面には、藤田美智子の署名が存することを認めることができこれによれば、右小切手は同人が受領したことが推認できるが、同人が被告巖から同金員の受領権限を授与されていたことについては、これを認めるに足りる証拠がない。

したがって、(エ)の金員も、被告巖に対する本件貸付金の交付又は利益の授与であるとは認めることができない。

4.(一) 以上によると、本件貸付金中、被告巖に対して現実に金員が交付され、または利益が授与されたと認められる金額は次のとおりであり、

(1)昭和四九年四月五日 金一一〇〇万三〇〇〇円

(2)同月一〇日 金二〇〇〇万円

(3)同月二二日 金二五〇万円

(4)同年五月一三日 金二〇〇〇万円

(二)ところで、証人竹中二三夫及び同後藤純一の各証言により成立の認められる甲第四号証の三、三八及び証人竹中二三夫の証言、弁論の全趣旨によれば、原告は、本件貸付の合意に基づき昭和四九年四月五日、本件貸付金中金一八七万三九七三円を、金一億円の貸付元本に対する同日から弁済期である同年五月三一日までの年一割二分の利率による利息金として、天引したことが認められる。

しかしながら、右天引は、被告巖に対し現金の交付または利益が授与された前記(一)の金額に基き別表①の算式によって計算される元金額に対する、前記貸付日から弁済期までの約定利率年一割二分の割合による利息の天引の限度において有効であり、その余は無効であるというべきであるので、右有効に天引されるべき利息の額を計算すると、別表のとおり、その合計は金七一万七〇二五円となる。

したがって、前記原告の利息の天引は、右合計金額の限度において有効であるというべきである。

三、以上によれば、本件貸付金中、被告巖が現金の交付又は利益の授与を受けた金額及び有効な天引利息額は、合計金五四二二万〇〇二五円であるというべきであるから、本件貸付契約も右の金額を元金とする限度において成立したものというべきであり、これを超える部分についてはこれを認めるに足りる証拠がないというべきである。

第三、結論

よって、原告の被告範子に対する請求及び被告巖に対する主位的請求は理由がないからこれを棄却し、原告の被告巖に対する予備的請求は、本件貸付金のうち金五四二二万〇〇二五円及びこれに対する弁済期の経過した後である昭和五一年四月一日から支払済みまで約定の年二五・五五パーセントの割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 黒田直行 裁判官 杉田宗久 裁判官後藤邦春は転補のため署名押印することができない。裁判長裁判官 黒田直行)

<以下省略>

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